メイクセラピー・美肌洗顔・レイキ・カウンセリングetc.様々な手段を駆使してあなたの魂が他の魂と「共鳴」するレベルを目指し開放していきます。体(顔)・心・魂・エネルギーを調和へ導きミラクルな日常へシフトしたい人の場所→http://sei.sunnyday.jp/
恋する?彼への投影
 仁〜JIN〜が終わっちゃって淋しい〜!!

家族5人で正座してみていたのに(笑)

昨夜は末息子は途中でダウン。2時間あったからね♪
おかげで少しは静かになり、台詞を聞き逃すことなくある程度は聞けましたが・・・子供達が思うことをしゃべるものだから良く聞こえなかった所があります。
やっぱりもう一回みないと(笑)

何よりも大沢たかおさんに会えない事が淋しい(笑)
(他にも勝海舟(小日向文世さん)や山田(田口浩正さん)などの名脇役にかなり惹かれますが)

何となくファンになったきっかけは、何年か前に大沢さんのインタビュー記事を見て(記事なんで実際に本人の言葉かは不明ですが)

「生きるからには自分の可能性に最大限トライして生きるべきだと思う」みたいなことを言われていたことなんです。

役者さんなんてみんなこういう前向きな気持ちでトライし続けている人種でないと務まらないのだとは思いますが、サラリーマンでいるのが一番安全だと信じていた私には、すばらしく行動力があるように見えたんですね♪

顔立ちが好みだったのはいうまでもないけど、んー今までにないタイプかも。
今まではどちらかというと福山雅治さん系の、きれいなタイプが多かったですね。
でも夫は全く全く全くタイプがまた違う、私が嫌いな私を映し出す人なんですね。

というわけで、大沢さんに執着するのも私の内面を投影しているわけで、何を大沢さんに映し出していたかを見てみる事にしました。

すると・・・

「自分を出し切って生きる」という生き方をもっとしたい!っていう自分の心の深い部分の思いが見つかりました。

それを映し出すには大沢さんの在り方が丁度良かったので、投影していたんですね。
だから惹かれた。

特定の人にもの凄く惹かれる場合は、間違いなく、自分がなりたい要素の何かを持っています。
自分が何かを投影しているのです。

逆に、この人嫌だ!とか、このタイプ嫌い!とか思ったときも同様に、自分が認めたくない要素をその人を見ていると思いだしてしまう、みえてしまうからいやなのです。

全て自分。

岩戸開きの真の教え。

何かを求めて扉を拓いても、そこにあったのは鏡だけだった。

全部、あなたがしていることなんだよ・・・

全ては自分。
誰かを嫌だと思うことは、鏡に映った自分の顔を「嫌だ嫌だ」と罵倒すること。

そんなわけで、仁〜JIN を見る直前にそれに気付いたので、妙に引っ張られる惹かれ方はもうなくなり、普通の役者さんとして大沢さんを見る事が出来ました。
全ては自分の投影、なんですね♪

恋してるとキレイになるのは、自分が成長する時にあらゆる要素を吸収しているから、というのもあるかも知れないですね♪
 

映画・ドラマ | comments(0)
武田鉄矢、「当たる要素ゼロ」の映画を語る
 
お金による人類支配、人類奴隷化からの脱却の流れですね〜。

魂が望むことを、やりましょう♪
それが大きなうねりの流れのひとつになります。

---------

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110607/220531/?P=1&ST=rebuild

武田鉄矢、「当たる要素ゼロ」の映画を語る(動画あり)
超ローカル映画が、奇跡のロングランを続ける理由
2011/06/10
金田 信一郎 【プロフィール】
 映画館で上映しない。

 そんな映画が、すでに2年間で300回にも及ぶ上映を続けている。広告宣伝は一切打たない。「うちの町で上映してほしい」。そんな人がいると、町の集会場などに映画を持って出かける。そして話題が人づてに広まって、今では上映依頼が殺到している。今後の上映が決まっている場所が約30地域あり、6月は兵庫県神戸市(18日)、愛知県安城市(19日)、千葉県柏市(28日)で上映会が組まれている。その他に約100地域が手を上げている。 

ノーギャラで舞台に上がる理由

 タイトルは「降りてゆく生き方」。主演の武田鉄矢は、1979年にテレビドラマの金八先生役に抜擢され、俳優として脚光を浴びた。スター街道を歩んできた武田が、2007年、この小さな映画の主演を引き受けた。

 「私はシノプシス(あらすじ)に目を通してから、出演を引き受けるかどうか決めるんですけど、この映画のシノプシスを見た時に、はっきり分かったことは、『当たる要素が全くない』ということでした」

 武田はそう振り返る。これは作り話のジョークではない。

 「この映画はハリーポッターの真逆でして、当たる要素が全くない。そんな映画に、むやみに張り切っている人たちというのがいて、それが非常に奇特で変わり者に見えまして…。そんな変わり者と1本やってみるか、と」

 武田は2周年記念の上映会で壇上に上がり、トークや司会を続けた。その日、まる1日使ってステージをこなしたが、ノーギャラである。

 これまでも、全てそうだった。映画を作成した時の出演料だけで、その後はカネが入ってくるわけではない。それでも、節目となる上映会に足を運び、絶妙なトークで集まった人々を引きつける。

 武田をはじめ、出演者や制作者たちはこの映画に強い思い入れを持っている。その理由は、映画のコンセプトと、そのベースとなっている実在する人々の物語だった。この映画は2005年のプロジェクト開始以降、プロデューサー陣が2年間かけて日本各地で300人もの人々にインタビューしている。そして、地方で輝く人々に心を動かされ、「効率化」や「弱肉強食」に対するアンチテーゼを描いている。

 「降りてゆく生き方」。タイトルに象徴されるコンセプトを聞いて、武田はこう感じたという。

 「私も金八先生でトップに上がった。でも、頂上って行ってみると結構、寂しいんですよね」

 しかし、人生も登山も降りていく時に、様々なものが見えてくるという。上を目指してがむしゃらにもがいている時には見えない景色が、降りるときに眼前に広がる。

 「競争社会の限界」とも言い換えられる。そして、日本を見渡せば、地方では「未来」を感じさせる「降りてゆく生き方」が実践されている。

 「ストーリーを作るにあたって、参考にしている人たちは当たっているなと思ったんですね」。節目の上映会には、そうした地方の人々が集結する。武田は、彼らと話すことを楽しみにしている。青森県で無農薬のリンゴを作る木村秋則、千葉県で自然作物と伝統製法で酒を造る寺田啓佐、北海道で精神障害者を集めて事業を続ける向谷地生良…。

 そこで、上映会の日、武田鉄矢に映画に対する思い、そしてこの特異な映画がロングランを続けている背景にある「社会の変化」について聞いた。

―― 今日も武田さん、ノーギャラですよね。なぜ、俳優として上りつめた武田さんが、「当たらない」と分かっていた映画に出演しようと思ったんですか。

武田 タイトルとコンセプトに引きつけられるものがあったんですよね。ただ、やっぱり難しいですよね、エンタテイメントを欲して騒いでいる世の中では。CG(コンピューター・グラフィクス)が映画に不可能をなくしたわけです。思い通りに妖怪や怪獣を作ることができる時代です。それから、人間を万単位で殺すシーンが、一瞬で作れるわけですよ。そうやって作ったものを柱に物語を作るのが、グローバルな映画作りの流れです。

 ところが、これはグローバルと真反対の、「ローカリズムの象徴」みたいな作り方と内容でしょう。真逆に走ったわけです。

 でも、この間の地震でもそうだけど、つくづく考えるのは、私は個人として「降りてゆく生き方」という言葉そのものに、少し胸に響くものがある。それは人に強要することじゃないし、共感を求めるものでもないと思ってたんです。だけど、こうして共感して下さる人がいる。これは最初に計算していた浮力ではないんです。なんか、見た人の浮力みたいなものが、映画に加わって、今、力となっているんじゃないかな。

 これは自分の力じゃなくて、やっぱり映画を見た人の感性ですよね。もしかしたら、グローバリズムというのが限界にきてしまって、ローカリズムっていうのが、あろうことか日本を浮上させるかもしれないという状況が出てきた。

 だって、東京には巨大なメディアがいっぱいあるのに、ニューヨークが注目した新聞が石巻日日新聞ですからね。「そこにジャーナリズムのスピリッツがある」ってアメリカが評価しているという。

 何か、すごく大きな流れの転換点にきている。そして、この小さな映画が嵐にも風にも波にもさらわれず、まだ垂直に立って居る。この奇跡を今、見ているような気がしているんですよね。


映画・ドラマ | comments(0)
恋愛の意識が何をしてるのか〜冬のサクラ

冬のサクラ・・・草薙くんと今井美樹さんの演技が、すごく丁寧でピュアで素朴で地に足が着いていて、なんだか惹かれてしまって時々見てる。

(その割りに、昨日で見たのは2回目だから飛ばしてる(笑))

でも、高嶋政伸さん演じる「夫」の意識が思い切り三次元的で、痛いというか、もうこのパターン飽きちゃったって言うか・・・

なぜかというと石川航一(高嶋政伸)は、妻(今井美樹)を支配したい欲でいっぱいな役柄として登場している。

でも、自分は浮気してる。
自分が浮気してるから妻を支配しておかないと安心できなくて(笑)
お決まりのパターン。

自分がある特定の人を愛しぬくという選択が出来ないゆえに、自分に自信を持てていなくて、不安でいっぱいだから妻もキープしつつ、常に沢山の愛を手に入れておこうと思って浮気相手もキープする。

でもどっちの人にも気はそぞろ。
集中してない。どちらのこともきちんと愛せてない。

自分は人を愛しぬくという事が出来る存在ではないっていう思い込みがあるから。
自分にはそんなことが出来るだけの価値がないっていう思い込みがあるから。

この思い込みは私も含めて、多くの人にある思い込みで、だから良くドラマに使われるんだろう。

妻のことも大事に出来ていないし、浮気相手も所詮は「補い」でゲットしているものだから(潜在意識レベルでは)、彼は真の愛に満たされることは無いわけです。

この状態でいる限りどれだけのものを手に入れても、満たさせることは無い。

なぜなら「愛が足りない」と思う時は、自分のハートが閉じているときであって、誰かからもらえていないときじゃないから。
ハートをオープンにして愛がそのまま宇宙の摂理のままに自分を通り抜けられるように「オープン」にしておくと、豊かに満たされていく。

宇宙に任せるというココロの在り方。
それをヒーリングの実践を通して学べるのがレイキ。


私たちが今居る世界は、無知から既知へ。

多くの人が「既知」の意識へと移動してきている。

つまり、この現実界は全て自分がしているのであって、ドラマの中の石川航一(高嶋政伸)が
「草薙くんの存在が、俺たちの家族や周りを不幸にしているんだ!」
と人のせいにしまくっているのは、全部この人の心の中にあるものが映し出されているということを「わかる」人が増えている。

常に自分は正しくあろうとするために、草薙君が悪い、という風に「悪い」存在を創り出す心の働き。

それに気付かないから、不安で不安でしょうがない。自分が正しくなければならないと思い込んでいるから不安でしょうがない。

自分は正しくあろうとなぜするのかといえば、そうしていれば愛情が貰えると思い込んでいるから。

これを既に愛情に満たされていると知り(無知から既知へ、の意味)ハートをオープンにして周りを愛していく。

その意識レベルへと移行しているのが今であり、

もうこの恋愛パターンじゃなくて、ちゃんと自分が何をしているかを見える人を登場させたお話が、そろそろ主流になっても良いと思うんだけど・・・

確かにこういう事って大なり小なり、気をつけてみていると自分も良くやりがちだから見せられているんだろうけどね。
(だいぶ減ったけど)

私も本当に意識が変わってしまえば、こういうものそのものと出逢わなくなる。

本人が自覚できないまま、自分が何をしているのかを自分が自覚できないまま、相手を恨み、相手のせいにして、恋愛のゴタゴタが進んでいくっていう設定のドラマじゃなくて、もっと違うのが見たいなぁ。

これも私の意識次第という事ですね、そういうのと出逢うように意識を換えておこう。


でも、高嶋さんてやっぱりすごい!普段とぜんぜん波動が違うの。こういう人をホンモノの役者というんだろうな〜。

そんなわけで、役者に見惚れて見続けているけど、もうこの恋愛パターンと意識レベルによって起きるごたごたは、もう古いパターンで、飽きた。
というのがホンネの所。

先も見えちゃうんだもの。


映画・ドラマ | comments(0)
宇宙視点・エネルギーで読み解く「アバター(映画)」
本日は、七夕ですね♪願い事をして、たんざくを美しく飾って、素晴らしい文化ですね。竹の香りも癒されます♪

さて自然のリズムで生きられるカレンダー「13の月の暦」では、
KIN90 白い水晶の犬

銀河の音 :協力・捧げる・普遍化する
太陽の紋章:ハート・愛する・忠実

のエネルギーフィールドにある日でした。
七夕なのでハート・愛するとシンクロしてますね〜♪
自然リズムをお楽しみ下さい。

○13の月の暦って何?という方はコチラ
 http://blog.sei.sunnyday.jp/?eid=933384

おはな おはな おはな

アバター(映画)をいまさらながら見ました。
息子は3Dで見て、とても楽しかった♪と言っており、早く見なよ〜!とお奨めだったのです。
(子供にとっては面白かったと思うよ♪)

あらすじは下記にお任せしますが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

一言でいうと「バラバラちりぢり」

一貫した概念、信念がないため、何が言いたいのか良く分からなくなっていました。
映像は物凄く手がかかっているのに、勿体無い!

「哲学がない」って表現をしている人もいましたが、同じことです。


さて、今日はまた、勝手に波動(エネルギー)で読み解いてみますので、この切り口(レイヤー)で見ることに興味のある方のみこの記事に導かれています。

本題に戻しますが

これから映画やコンテンツを作る人は「エネルギーレベルでのつじつま」を合わせる事にも意識を置くことが必要になるのだと分かりました。


例えば、あの青い人たち(ナヴィ種族)は、獲物を殺すときに祈る、という演出があります。

「魂はエイワ(彼らの言うところの神)に戻る」と祈るのです。

これは、アイヌの概念と同じです。

---
最後のムー大陸「日本」P44より)

アイヌには狩猟という概念を表す言葉はなく、それにあたる行為を「ramante(ラマンテ)」という。
この語の構成は

「ラム(ramu=心・魂)」+「アン(an=在る)」+「テ(te=させる)」

であり、その意味は

「魂をあらしめる」

(魂をあるべきところにあらしめる)

というような意味である。

たとえばクマの場合でいえば、クマをクマとしてあらしめている根源の力(神)を元々の神の領域に還すという意味である。

「神が自らの力により表したその体をありがたくいただく行為」

としてそれを認識していたのだ。

彼らにとって「身と心」「物質と神」は対立する概念ではなく、母性的包括的概念で結ばれていたのである。


----

こうしてみていくと、これからの時代は一元性意識(私はあなた、あなたは私、私たち、という意識)を理解する必要があるので、この認識を西洋人にも伝える事が狙いなのかなと思いながら見進みました。

そして、パンドラという星にある植物は、それ同士が巨大なネットワークとなっていて常に交信しているという設定があり。

彼らはそれをエイワ(神)と呼んでいるようなのです。

すっごく物理的表現ですよね〜。

でも、物理的な表現として「神」という概念(そう、神は概念、エネルギーにすぎない)を表現したことでアメリカ人監督がアメリカ人に分かり易く表現したものなのかなと理解しておきました。

どういうことかというと

マヤ暦にある「世界樹」という概念が分かり易いので、この概念で読み解いてみますと、西洋は「分離(私と彼ら、私とあなたという意識)」の意識を成長させるための役割があり

東洋(特に日本人)は、これから来る意識進化の波である「統合(私はあなた、私たちはひとつという意識)」へと向かっていく概念を成長させる役割があるので

西洋人にとっては「あらゆるものに神が存在し、神は全て」という東洋的な認識を得にくい状態に置かれているのです。

日本人にとっては割と受け容れ易い概念でもね。
この意味で日本人でいるということは、凄いことなのですが、この話はまたいずれ。

話を戻して、意識進化のエネルギー的にも先に日本やアジアから一元性意識の認識が進み、その後と思われます。


でも、巨大な植物ネットワーク、という物理的な表現にすると分かり易いのかも知れない!なるほど!

と、そこは共感しました。


その後、宮崎駿監督のもののけ姫、に似たシーンが現れ、壮大な自然の景色というか森の中の景色の印象がかぶりました。

しかし、宮崎駿監督の全てのシーンに感じられる、心の底から震える生命エネルギーのような感動が感じられなかったため、不意打ちをくらったかのような裏切られ感。

ただ表面の形だけ真似してもダメなのよーーー!!!

全ての生きとし生けるものの本質は「愛」であるという認識の上で、描かないと!!

本当の自然界がもっているエネルギーが出てこないのよ〜〜〜〜〜〜

と完全に不完全燃焼。

宮崎監督がすごいのは、実際の自然界にある、全ての存在に含まれる神=愛のエネルギーが、本来の在り方を輝かせた形で表現できるところなのです。

ただ絵がうまいとか、そういうレベルではなく全ての作品に一貫してこれがある。
しかも、これだけの本質をついていながら大人も子供も楽しめる所がまた本物である所以なのです。


ここで、宮崎監督と、キャメロン監督が、似た映像を作っても全く違うのは、この違いなのです(どちらがいいかではなく、違いです)。

後で

「キャメロン自身が宮崎駿作品のファンであるため、『もののけ姫』にオマージュを捧げたシーンがあると公言している」

という事を知ったのですが

キャメロン監督自身が、宮崎駿が理解している、神は全てに宿る、という概念を理解していないか、表現すると観客が理解できないと設定したためにレベルを落とした、などの理由によるものでしょうか。

少なくとも映画ではそれを理解した状態で表現する、という状態にはなっていませんでした。


そして、いよいよラストシーンに近づくにつれ、数々の矛盾が露呈します。

全ては、魂は死ねばエイワ(神)に戻る

という一元性意識(わたしはあなた、あなたは私)という概念のある人たちは、スカイ・ピープル(地球人)と「闘う」という概念を持つはずがありません。

しかしストーリーは、自分たちの魂の樹を守るために、

スカイ・ピープルと闘う!

などと宣言してしまう。

パンドラの森を鉱物を取るために破壊しにくる地球人と「闘う」と気合を入れて闘いに挑み、そして地球人は、戦いに負けて荒廃した星(地球)へと帰っていく、

ヤッター!

私たちは平和を守ったのだ!

という、典型的な古い時代のストーリィ。


これからの時代は、相手を倒し、自分だけが得るという状況で解決される問題はない。

それに

全ては神に戻る

ということを理解している存在は

自分たちだけの神(=植物の巨大なネットワーク)を守るという概念を持たない。

全ては、根本で同じだと知っているからだ。

神を理解する人は、つまり、全ての存在は生命エネルギーが含まれているという一元性の認識を持つ存在であり

自然と調和して暮らす人はこの意識を持っている。

にも関わらず、闘う、などというセリフが出てくるので、またまたエネルギー的に合わない流れが無理矢理「頭で考えて作られた」と思われ、疲れてくる。

生命エネルギーの流れが自然から乖離すると、人はストレスを感じるのです。


自分たちが「勝つ」、つまり「占有」は調和ではありません。

資源というものは常にめぐっているものであり、それを一部だけ切り出して占有した途端、自然の流れを止めるからなのです。

それを深い部分できちんと理解している種族だけが自然と調和した生活を営めるわけで、なぜそれを理解している人たちが

スカイピープル(地球人)と闘う、森、守る

とかっていう意識レベルにいきなりいく??

という事で、非常に矛盾した、無理な設定。


映画の話に戻ると、そういうエネルギー的な矛盾があちこちに氾濫しており、おかしいな?おかしいな?と思っているうちに

最後の方は耐え切れず寝てしまいました(--;<ごめんなさ〜い

でも、巻き戻してストーリーは追いましたヨ。


そんなわけで、これから覚醒する人たちが増えてくる中で、こういった根本的な原理をエネルギーレベルでも、きちんとメッセージしていくという事がないコンテンツは、人に何かを伝えることは難しくなってくるのでしょう。

特にこれからの時代は、微細なエネルギーレベルで私たちが何をしているのかが観える人がさらに増えてくるからです。


おそらく公開された日は、意識レベルも今とだいぶ違っていたと思うので、この表現でよかったのかも知れません。

けれども、これからの時代、コンテンツを通じて、人に何かを伝えて行きたい人は、

エネルギーレベルでの矛盾がない状態で表現していく

つまり

言葉で伝える部分、映像で伝える部分、エネルギーで伝える部分、

この3層での表現を理解している必要があるということです。


そしてエネルギーで伝えるには、自分に嘘がつけないのです。

完全に宇宙の法と調和し、ピュアな状態で観切るという事があったときに、エネルギーで本質をダイレクトに人に伝え、大きな感動を与えることが出来ます。

その点では、子供向けって感じかな。

映像の素晴らしさと、ストーリーの練りの浅さがつりあわない映画でした。

ファンの人、すみません。

個人的感想ですので、参考までに。

エネルギーを感じて生きるにはレイキが便利です♪
◆レイキとは何か?
 http://sei.sunnyday.jp/reiki/r1.html

◆レイキカリキュラム詳細
 http://sei.sunnyday.jp/reiki/r2.html

映画・ドラマ | comments(0)
ポケモン映画2:アルセウス超克の時空へ(少しネタバレかも)
さて、アルセウス超克の時空へ。
この映画でも皆既日食がキーになっているので、ついさっき見た皆既日食が映画でも取り扱われていると、何だか凄く感動します。
制作者の緻密な調査とストーリーの構築には毎度頭が下がります。
やっぱりここまでやってこそプロよね〜ニコニコ

なるべくネタバレしないようにしますが、ちょっとするかも知れないので心配な方は読み飛ばして下さい。



今回は「人を信じる事の大切さ」がテーマでした。

「ミュウと波導の勇者ルカリオ」の時は師弟愛。

「ディアルガVSパルキアVSダークライ」の時は、あるものを作る技師が、未来(今)に生きる子孫達が困らないようにと、美しいメロディーを奏でる単なる時計台だと思っていたものが、実は時空の裂け目を直す事が出来る(んだったかな)機能を実は持っていて、ディアルガとパルキアという神と呼ばれし2体のポケモンが、通常は出逢う事がないのだが、出逢ってしまった為に時空の狭間でぶつかり合い、それが反転世界へもどちらへも影響を与え。。。世界が崩壊してしまうかもという危機の時にそのことが分かるものだから、もう感動感動。

子孫を思って自分がとっくにあの世に行ってから何百年も経った後におきるような時の子孫を思って作り上げておくというこの仕事の素晴らしさ!心意気!(ちょっと記憶が怪しいかも、おおよそこんな感じと思って下さい)

ホント、今の経済活動はもう少し考えて欲しいですよね。
自分の事しか考えられない心の貧しい人がすごく多いように思えていた年だっただけに、その「大我」からの行いに、深い愛情に心を打たれました。

ストーリーは単純なようで、同時進行で深いテーマが埋め込まれている仕掛けがなされているような、毎回そんな作りです。


今回のアルセウスは全てを作りし神という設定。やはり美輪さんだとこういう役が来るのでしょうか(笑)

隕石がぶつかりそうになった時、アルセウスは自分の命を省みず体当たりしてある街を守るのです。その体当たりさにも深いメッセージが読み取れ(作られた方が意図しているかは分かりませんが)地球の法則、宇宙の法則とも一致するんですね。

自分のためだけに行動をするべからず。

全ては自分であり、自分は全て。
人々が滅びてしまいそうな時、もしそれが自分に出来る事なら命を失ってでも行うべし。それは全体を、つまり自分を守る事でもある。

と勝手に作った言葉ですが、そういう意識レベルでの行動であるところがまた素晴らしいのですニコニコ
これだけの事を出来る人には、最近でこそ沢山お逢いするようになりましたが、まだまだ覚悟をしきれない人は多いものです。
(別にする必要もないですしね)

その後色々あるのですが、裏切られたアルセウスの信頼を取り戻す為に、やはり我が身を省みず一丸となってピュアな心で立ち向かっていく様は感動を呼びます。

最後のアルセウスの声で

「もう、良い、お前の心は分かった」

とかいうあの深みのある声がまた、それまでに色々と伏線があって、信頼し会えるって何て素晴らしい事なんだろうって思えるのですね。

そして、「お前達の世界は素晴らしい」という事を言いながら去っていくシーン。この辺りで周りのママさんたち結構泣いている方がいらっしゃいましたね〜。

そう、この地球は大きな大きな、どんな材料でも揃う素晴らしい場所。
きちんと意図して、カルマにならないような行動をとってきちんと使いこなせば、今は想像すら出来ない素晴らしい楽園を創造することも、可能なのです。

ギシンとかいう悪者っぽい登場人物は、一時アルセウスの宝玉の玉を独り占めしようとして権力を持ち悪党だったのですが、最後は一村人のような立場で普通に畑仕事?をしていました。その姿が妙に安らかに見えたりして温泉

悪党というのは総じて「恐怖」に取り付かれているゆえに「支配欲」に駆られ、自分を大きく見せようとするものだということ。平和に畑仕事?をしている彼の姿は、肩の荷を降ろしたように見えます。制作者に他意はないかも知れませんが、表現された人の在り方一つで、様々な事が見えてきて面白いですね。

でも、まだまだ自分の軸が持てずにフラフラしてしまう人が多いのかも知れません。

自分軸を持って、自信を持って歩いていけるよう、サポートしていくことが私の役目。その役目、全力で果たさせて頂きますラブ


映画・ドラマ | comments(0)
映画:KNOWING〜ノウイング(少しネタバレ)
KNOWINGというとWizdomの意味合いとしても使われる事がありますが、そんな中で、この映画はアセンションそのものだよ、などという声も聞いたので、レイキマスターとしても一応(?)それはとりあえずチェーック!!という事で見てきました。

結果・・・案の定・・・アセンションを求めて行った場合は肩すかしを食らうと思って良いです・・・残念ながらたらーっ
なぜなら人類を滅亡させる自然災害が前提となっており、そこから救う手段がその辺り詳しい方なら分かる○○生命体となっているからです。アセンションがうまくいけば、アセンション出来た人だけを、、、となるはずでしょう。

アクション映画や恐怖やスリルを求めていった場合にはなかなか良い出来なのではないでしょうか?
(ただしストーリーはやや浅い)

簡単に言うと、ノストラダムスの大予言的なノリの「地球滅亡」をネタに人をそそらせる事で9割方映画を引っ張っています。
アクション映画のように、ガシャーンとかドカーンとかの音が大きい映画ですね。確かに迫力はありますが、飛行機が落ちたり地下鉄が暴走して大事故になるような刺激は、そういったスリルを得る事で何かを満たす必要がない人にとっては全く意味の無い盛り上げ方なので、恐怖をそそることで刺激を与え興奮させようという意図で作られているネガティブさが目立ち、"その"意味でのKNOWINGを求めていった人には全く響きあうところがないままに終わるでしょう。

ここから少しネタバレするのでOKな方は進んで下さい。

























ちなみにある部分にエイリアンが味方として関わってきますが、knowingってタイトルはアセンション的な要素が疑われる単語なので、この要素を入れないでこの結末はちょっと厳しい〜。
いきなりチャチくなってしまっています。

子供の番組のような結末・・・
これに現実味を持つのは、既にエイリアンと関り、彼らの実力を理解している政府やNASAの方達、だけのような気がするのは私だけでしょうか?
それくらい説明がなく突飛な展開です。

既にエイリアンは否定しきれない事実となってきつつありますが、まだまだインディペンデンスデイにしろ、人類がエイリアンを敵とか、野蛮な生物と見なしたがっている限り、まともな交流は望めないでしょう。

あちらの方が全てのテクノロジーにしろ意識レベルにしろ段違いに高いのは、UFOの動きを見聞きするだけでも明らかですから、人に危害を加えて支配するなどというネガティブな選択をするとも思いがたいのですが。

地球人だけではネガティブな感情に支配されて、核問題や貧困など解決できないのですから、より高い意識レベルの高度なテクノロジーと高次の意識で生きるという事を、他生命体から学んでも良い時なので、結末としてはアリなのですが、人に説明すると、超B級になってしまう・・・説明しながら目が点になりました。
「結局、人類は○○てね、○○○○○が○○に○○○いってくれて、新しい展開を迎えるの」

この辺り、彼らの実力が分からず単なる未知の生命と位置づけている人が聴いたら「はぁ?なんだそりゃ〜?」になります。

ターゲットは誰なのだろう?
何を誰に伝えたかったのだろうか?
より多くのメッセージを乗せる事も可能だったはずなのに。

アクション好きな方には、面白いと思いますよ。迫力あるし。

でも、ただそれだけの映画です。

ただ映画の完成度は高いし、たぶんもっと言いたい事があったようなのでソンした〜って感じはしなかったのですが、ちょっと踏み込みきれてなくて残念でした!!

もっと、他の意識レベルの話として、誰か描いて!

映画・ドラマ | comments(0)
1/1



CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
NEW ENTRY

PROFILE

CATEGORY

COMMENT
  • きちんと体を感じて生きる〜子どもに牛乳を飲ませたくないママパパへの処方箋・完結編
    miya (03/20)
  • きちんと体を感じて生きる〜子どもに牛乳を飲ませたくないママパパへの処方箋・完結編
    miya (03/20)
  • きちんと体を感じて生きる〜子どもに牛乳を飲ませたくないママパパへの処方箋・完結編
    チャド (03/20)
  • なぜこの世界は「幻想」なのか?:その2
    吉野@エネルギー (09/10)
  • 牛乳・乳製品の害〜やめて初めて分かること
    戦後史の激動 (08/29)
  • Which is better? Kind of Reiki /レイキの流派、どれがいい?
    miya (03/03)
  • Which is better? Kind of Reiki /レイキの流派、どれがいい?
    ミーナ (03/03)
  • Which is better? Kind of Reiki /レイキの流派、どれがいい?
    ミーナ (03/02)
  • 肉食を減らす方法ーその1−
    miya (02/19)
  • 肉食を減らす方法ーその1−
    miya (02/19)

ARCHIVES

LINK

OTHER
qrcode
  • Admin
  • RSS1.0
  • Atom0.3




  • リコネクション―人を癒し、自分を癒す

    (C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.Photo by Satie Design by Tea