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包む
ある特定の状況にめぐりあった時

いつも*自動的に*同じ感情で反応(応対)してしまう、自動的にこれを繰り返してしまうのが人間

例えば、自分よりかわいいと思える人(これすらも思い込みなんだけど)に出逢うと、ついつい避けてしまったりする場合

自分の中の女性性を信じきれていない状態

だから、自分の中の女性性を信じきれない自分を知っているから、目を逸らしたくなって目の前にあらわれた

「自分よりかわいい(とその人が思いこんでいる)人」

を避けるという行動に出ることになる。

習慣と呼んでもいいし、思い癖と呼んでもいいし、思い込み、でもいい。



特定の感覚に浸っていると、いい反応パターンじゃないのに、ついつい安心で同じ繰り返しをしてしまうときは

執着を見つけたと思って、その根源を探っていくと思い込みの原因が分かり、分かったら自然に解放に繋がります。

潜在意識が*自動的*にやっていることを、認識してあげると解放される、そういう仕組みになっているから。

例えば、この例で言えば、自分の中の女性性がちゃんと発揮できている!

という実感が持てれば、目の前にいる「かわいい(とその人が思いこんでいる)人」は、ただかわいい♪素敵♪自分も見習おう♪

というだけの反応で終わる。

避けたいなどの反応が出た時は、自分の中に認めていない何かがあり、認めていない何かがあることを、目の前のその人が映し出している。

あなたが、映し出している。

あなたが、やっている。


私の場合は孤独感でしたが、自分の孤独感だと思っていたら、地球人類全員が宇宙から切り離された孤独感を持っている、そこに繋がっている事が後になって分かったり。

人って自分だけで生きているんじゃないんだな〜と、別なレイヤーから実感した体験でした。

孤独ながらも自分たちなりに頑張って、やってきたんだものね。

分離した人生を・・・


だから、一生懸命に頑張る自分!とか、辛くても踏ん張っていればいつかきっと・・・

みたいな思い込みって、ハマりやすい。

でも、最近分かってきたのは、本当にただ、なりたいものになればいいだけなんだってこと。


波動(エネルギー)の法則で考えると分かり易くて

「頑張れば報われる」

と思って頑張っている人は、そういう波動を発振しているから、いつも頑張る状態が続くわけです。


「うーん、とっても幸せ♪」

という波動(エネルギー)をキープしていれば、そういう状態になる。

ただそれだけのすっごくシンプルな法則のこの地球(宇宙もか?)。

でも左脳を発達させてきた私たちには最初は受け容れがたいけど。


気付いたら、以前にハマっていた、やや淋しいネガティブな感情そのものを包み込んでいる自分がいました。

何事もどんな人も「愛のエネルギーで包む」というのはこんな感じだろうか?

「愛」と言っても人が求める「愛情」のことではなく、自然界の、大宇宙の摂理、大宇宙のエネルギーの流れ、エネルギーそのものを愛と呼ぶだけで、あなたや私が他人に求めがちな愛情とは違うものだ。

自然界は大いなる仕組みの中で動いており、生命は生まれて死んでいく。それは必ずしもいつも優しい姿で現れるわけでもなく、いつも冷たいわけでもない。

ただいつもそこに在り、生命エネルギーとして流れているだけなんだよね。

大いなる流れのエネルギーに身を任せ、そのエネルギーのしたいように自分を透過させられる状態。

これが浄化完了した状態であり、悟った状態であり

悟りというのは、いつも善い人、でいる人の事ではなくて

宇宙の流れを一切の批判と判断なく透過させられる人

観察していられる人


愛で包む、というと、なんだか聖母マリアみたいなイメージを持つけれど、何度もしつこいけど人間が思い浮かべる「愛情」の事じゃなくて、宇宙の法則が「愛」なだけ。

本質的には、全てを宇宙に任せた状態、つまり一体である状態を言うのだ。

全てと一体になるというのは、自分を越えるということであり

でもそれは自分の好きな事をしてはいけないという事ではなく

どんな自分でいるかをも自由に選択する状態であるわけなんだね。

だから、自分という狭い範囲に縛られるのではなく、自分を越えるということ。


とにかく、あれだけ固執していた孤独感たっぷりの自分、を、違う立場から「そういう自分もいたな〜」って包み込んでいる時、あ、過去から脱出したんだ〜って分かるんだ。

考えない事

かんじて味わうこと

分析して考えて答えにたどり着くのではなく

ありのまま、具体的に事実を受け取るのが右脳の直観力

良い音楽を聴いたとき、理屈じゃない、良いものは良いんだってなるでしょう?

あの感覚。


 


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認めて貰えないと思うとき
 突然ですが、かわいがられる人っていますよね〜<ホントに唐突(笑)

ちょっと弱っている時に、たっくさんの愛で支えて貰って、特に上司とか先輩とか、そういう関係の中で。

そういう人が昔からすっごくうらやましかった(笑)

今でもそう感じる時があるんですけど、昔の私は、人から嫌われるとか傷つけられる事への恐怖心でガチガチだったので、心がオープンでなく、人を寄せ付けないような所があったので、そのせいで、あまりかわいがられなかったと思います。

彼氏はしっかりいて、彼氏の前でだけ心がオープンに出来たから(爆)かわいがって貰いましたが、普通の人間関係において、の話ですよ(笑)

今の私は、例えば、色んな事が「観える」人が、さりげなく観てくれている雑談の場にずっと参加しているのに

「あなたは見る必要ないね」

と言い切られてしまう。

どうしてですか?と聞くと

「だって、幸せだもの、あなた、今」

と言われてしまう。

幸せな人には生命判断も、また今後の流れも、知らなくていいんだって・・・

不幸とは思っていないけど、そんな風に突き放されるほど幸せかと言われると??それは感じ方次第じゃないのか〜??と思う。

ちょっと淋しくなるのがこういう瞬間。



これ、いつも言ってるよね、私の課題なんですね。
今は弱っていると支えてくれる友達が沢山いる(前から居たのに気付いていなかった事に気付いただけですけど)のにね。


でも、こんな反応もまた自分が魂の深い部分で決めている学びなので、なぜこうなっているかに思いを馳せてみる。

そうすると、色んな事がみえてきて、色んなシーンにおいて私の場合は結局

「自分で観なければ、意味がないんだ」

という所に辿り着く。

何をやっても、そういう所に辿り着く。

今回の感情に対しても

「人に認めて貰う事で自分を確認するんじゃなく、自分を信頼して、自分が認めてあげる事」

と、内なる自分から答えが返ってくる。

自分で自分を認めること、自分を信頼すること。

ラムサも言ってたっけ。

人間というフィルタを通してものを見る限り、その人というゆがみを通してものを見る事になるから、真実の姿は分からない、と。

だから、人から認めて貰う事で自分を認めるのではなく、自分を自分で信頼して認めるという学びを、今しているんだと思う。

そして、克服した〜と思ってしばらく忘れていると、また違うステージの学びとなって戻ってくる。

その時にまた「克服したつもりだったけど、私ったらまだ確固として自分を信じるってことが出来てなかったわ」

と気付いたりして

人生の学びは、常に螺旋階段のよう。

一度登ってもまたぐるぐると同じ(ただしステージは上がっていく)課題がやってくる。

何度やってきてもブレなくなると、その課題は完了なんだ。
 

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元々全部あった・・・
 今までもそれなりに理解出来ていたつもりだったけど、また違うレイヤーで理解したみたいな感覚。

元々、全部あったんだ・・・

私が何もしなくても・・・

それなのに、自分が何かをしなければっていう妙な使命感が、どうにもこうにも長いことあった気がする。

全て、元々何もかも自然に流れていて、私もその一部だったのに。


壁を伝う枯れ草も、私が何もしなくてもずっとここで育ってここで枯れて、今は良い案配で古い和風の家屋の艶やかな景色の一部となってる。

畑に育つ花や野菜達も

濡れた道路も、落ちてくる雪も

全て、私が何もしなくても元からそこにあった。

つまり全てが準備されている、それがここ、地球。

だから何?って訳じゃないんだけど

こんなにも完璧に全てが動いている場所で

私は一体、この小さな自分で何を思い通りにしようと

もがいていたんだろうって

ふと思った。


この体も、ボディ意識によって作られた肉体に魂(三位一体)が入ったもので、「わたし」という区別も、はっきりいってどこからどこまでか分かったものじゃない。

魂だって基本は三つで一つのボディに入るのが基本なわけだけど、その魂の組み合わせだって毎回違う事も多いわけで、

時にその体験をコピーし合って共有するわけで、やっぱり自分っていう区別はどうやっても出来ないんじゃないか

そもそも、分裂して魂という単位で体験を共有したり、色んな組み合わせで人生ってものを肉体を使って体験してきたわけだけど

そう考えると「わたし」ってどこからどこまでかわかんないよね。

わたしってそもそも全体だったって事だよね。



さぁて明日は、スノータイヤを買っていない我が家は出かけられなそう。
保育園には行けなそう(笑)

雪であそぶかーー!!??

近所の山まであそびにいっちゃおーかなーー?

仕事サボリすぎかな(笑)

明日の仕事はクライアントさんにはご迷惑がかからないので、しなくていい仕事なのかも?

なーんてね♪

しんしんと降り続けていて、きれいであります。

子供の頃は良くこれくらい降ったものだけど・・・

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色々見てました・・・自分への信頼
 

このたび始めてインフルエンザなぞになりまして我ながらびっくり!

今までもインフルの人と接触していたつもりだったけどずっと移らなかったので大丈夫かと思っていたんですが

ある逃げられない場所で、新型の方がかなーーりそばにいらっしゃって数十分一緒にいたんですが、思い当たるのはあれしかないなぁ・・・

そんなわけでやはり接触を避ける事は有効のようです(笑)


さて、子供の頃から虚弱だった私がすっかり丈夫?になって、ここ何年も風邪らしい風邪も引かなくなっていたので、この高熱はダメージがかなり大きかったです。

そして、今回なぜかかったのかがよく分かりました。

私ったらまだ、自分の体を全然信頼出来ていなかったんです!

そんなわけで今回、自分の弱いところを沢山見ました。

そもそもの事の始まりは、私自身が子供の頃虚弱で、一度風邪を引くと10日も治らないのが普通で、常に痰のからんだ咳と、止まらない咳に悩まされていました。
喘息があり真っ青な顔をして呼吸も絶え絶えに小学校に通っていました。

クラスにはもっと喘息の酷い男の子が居て、彼は一時療養学校みたいな所に転校して腹式呼吸などで喘息をコントロール
する方法を習わないと日常生活が送れないほどでしたが、その子よりずっと楽だったのに、何だか私の中では自分の体に対して信頼が持てなかったんですよね。

ちなみに彼はすっかりコントロール出来るようになって普通学級に戻ってきました。

今回の課題は、自分の体への信頼、かな!今回それを凄く見せられました。

未だに信頼は出来ていない気がするけど、ちゃんとコントロール出来ている間はかなり丈夫に見えるんだけど
例えば大きな病気になったら、私の場合輸液しないと多分持たないと思うとか、、、

(ちなみに知人が麻疹になったとき、自力で回復出来ず輸血となりました、大人だとかなりキツイ病なのですね)

そういう極限状態になったときに、病に勝つぞ!っていう思いより怖いっていうのが先に出てくる。
赤血球がとにかく昔から少なめ。というのが自信のなさに繋がっているんだな。とよく見えました。

母親が妊娠中、極度のつわりとストレスで、体重が妊婦なのにマイナス10キロだったという事も思い出しました。

何も食べれなかったので、点滴だけで生きており、極度の栄養不良により大変な状況だったようで、母は私が生まれたとき五体満足だったのを見てほっとしたと聞いています。

今思えば、母も極度の波動の乱れというか、思い込みの強さにより体をめちゃめちゃにしていたことが、今の私には分かるわけですが、世の中の捉え方が大袈裟というかね(笑)。
彼女は、自分はとっても大変なストレスフルな人生を受けていて、大変な人生を送っているのだ!っていう風に世界を創造するのが大好きな人なので、いつもストレスを与えてくる存在をそばに置き、自分の体はそのストレスでダメージを受けるという状況に置いています。
とにかく自分は全力で生きていてとっても可哀想な環境にいてそんな中でもとても頑張っているという状況を創造するのが基本パターンとしてある人です。
今はいくらか和らぎましたが・・・基本パターンとしてそれを持っている人です。

私自身もそれをコピーしている事に気付いて、悲しみという思いこみや様々手放して来て、咳の風邪は殆ど引かなくなったわけですが、極限状態の時やはり自分の体への信頼がない事に気付いたのです。


そして、私はお風呂に色々とアロマオイルを入れるのが好きだったんだけれども、それすらも病気にならないバランスを常に手に入れておきたくて(つまり恐怖から)行っている事が見えちゃった。

いつの間にか、気持ち良い、心地よい、ではなく、病気になりたくないからという方に一部がすり替わってしまってた。


あとは、すっごく行きたい場所があったんだけど忙しいからと自分に嘘ついてた。

そもそもはそれが引き金を引いたの。波動の悪い状態を創りだしたの。
行きたければいけば良かったんだよ。行けば済むことなんだもの。

でも自分に嘘をついていると、自分が楽しんではいけないという思いこみを抱えるようになる。
そのうちに世界が楽しい場所にみえなくなってくる。

風邪とかインフルエンザはまさにこういう事を心の奥底で信じている時になる病気であり、一致している。


そして生きていく事そのものに絶望感が浮き出してきて、そういえば子供の頃はこういう感覚の中で生きていたから、未来に希望も何も持てなかったっけ・・・と思い出した。

最初はなぜ今頃こんなものが出てきたのか分からなかったけれど、色々なヒントが来るうちに、祖母辺りの感情がそのまま引き継がれている事が分かった。

だからワークをしてそれを癒していった。

そもそもは戦争という状況の中で女手一人で生き延びなければならなかったその不安、生きることそのものが許されていないかのような絶望、そんな感覚だった。

それをさらに祖先までさかのぼって癒していった。

何が変わったのか分からないけど、深い瞑想に入れたときのように、戻ってきたときの自分の顔が変わっていた。

顔ってどんどん変わるね。


その後、友人達にも色々と同じ事を言われて

マインドは肉体以上のものなんだから、自分が体を信じられなかったらそれは良くない方向に行くんだよって。

お腹にいた頃に少々栄養不良だったかも知れないけど、それと今の状態を結びつけているのは私の「思いこみ」が犯人なわけで関係ないよねって。

そんなわけで、私の深い部分に在った課題が浮き上がってきたのでした。

それは、自分の体を信頼すること。


みんなどうもありがとう。

言われたことは面白いくらい全員一致してたね(笑)


自分をもっと信頼しなさいっていう、事だったんだね。

自分への信頼、、、今までも何度もぶつかった課題だけど、もっともっと信頼して、もっともっと自分を信じてって事なんだね。


ちなみに、大なり小なり、皆さんも同じ課題を持ってらっしゃいますからね(笑)


自分の力を信じよう。

そして、自分の体も信じよう。

自分の全てを信じて、何でも出来るんだって任せてみよう。

よーしっ、好きなことしに生まれてきたんだから、この体で堪能しようじゃないですか!

今までもそう思ってきたけど、深い部分に抑圧されていたこれが、出てきたのでした。

心って層になってるのかもね。
 


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ホントはもっと自由なんだよ〜♪
車が来ない道をのんびり歩いていたとき。

末息子が
「お馬さん今頃もう寝てるかなぁ?」

「もう暗いから、寝てるかもね〜」

「どうやって寝るのかなぁ?

 ぐぉーぐぉーって寝るのかなぁ?」

その「ぐぉーぐぉー」が、いやに下の方から聞こえるので、振り返って見ると

歩道にうつ伏せになって手を前にまっすぐ伸ばし、

後ろ足は若干地面から持ち上げて顔を伏せながら言っている末息子の姿が目に入った(-"-;)。

泥道じゃなくて良かった・・・(やっても洗濯がちょっと負担なだけだから、いいけど)


う〜ん、自由だねぇ〜

人は本来自由だもんね〜

その時に湧き出てきたものを、ありのまま表現して

どう思われるかで、自分の行動を制限しない

それが本当に自由ってこと


その時に湧き出てきたものがネガティブなものでも、何も考えずに他人ぶつけてしまうのが犯罪者

それとこれとは、別だよ、もちろん。


人の評価を基準にしてではなく、自分の内なる愛を基準にして

今やりたいことを選んでみる♪

それがこの世界を、自分を歓びで満たす方法。

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頂き物で暮らす☆
 

「もし世界が100人の村だったら」より

すべての富のうち6人が59%をもっていて、みんなアメリカ合衆国の人です。74人が39%を、20人が、たった2%を分けあっています。


このことからも分かるように、お金、という概念のために便利な部分もありますが、


本質的に大切な所は


*全ての富のうち6人が59%を持っている*


という所です。


つまり、一部の人が殆どを支配する構造に創られているという事です。

この構造の中で、小金持ちになったり、そこそこ成功した金持ちになれば、それなりに楽しめる構造になっているのですが、その人たちが儲ければ儲けるほど、この6人の所にお金が集まる構造になっているという所です。


そして多くの人がこの構造に気付かないまま「金持ち」になりたいと思っている・・・。


人間は本来もっと自由な存在であることを忘れて。。。


言い換えれば、お金を欲しがることは、お金に自分を支配させたがっていること


人生の主人公は自分ではない、という状態を選んでいる状態なのですね。


つまり、思う壺状態なのです。


誰の?


お金によって人類を支配しようという動きに対しては、こんな本も数多(あまた)出版されており、イルミナティ、ロスチャイルド、三百人委員会などの名前で、その根源の支配が行われている団体が既に白日にさらされていますが、まだ気付かない人に対して支配力は及び続けています。

気付く事が影響から逃れる唯一の方法です。


ちょうどスピリチュアルな学びが深まる時期であり、自分に対して意図的であること、が学びとしてやってきているから、微細なレベルまで感じ取る人にとっては、何が本質かわかってきていることでしょう。


しかしまだ、無頓着で生きている人は、テレビという受信機そのものが、人間の波動(*注)を乱すものであるという事すら、


気にしすぎだよ〜


で終わらせてしまう意識レベルにあります。

このように人類が無知で居てくれればいてくれるほど支配がしやすくなるのです。


自分自身に無頓着であればあるほど。

人の持つ本当の力に気付かないで居てくれればいてくれるほど。


人が世界を創造している(宇宙の流れ以外の部分を)事に気付かないでいてくれればいてくれるほど、彼らにとってはありがたいのです。


(*注)

人間の波動は、本来は地球の周波数と同じ周波数で響き合っているもの、その状態では病気が起きません。

波動医学や正音で病気を治す人たちは、この波動に共振させることで自己治癒力を最大限に引き出すもので、波動が治すわけではなく、特定の波動に響きあっていると生命体は治癒する事が分かっているからなのです。


レイキ波動と響き合っていると、地球・太陽・月・宇宙と響き合っていられるため、人類の肉体機能の基本と常々言っているのはそのためなのですね。


(注終り)


そんなわけで、ある程度の意識レベルになると、この支配から逃れ、お金なしで生活が出来るはず、しかも全員が幸せに・・・という可能性を観て、何か出来ないかなとやり始めたのが


「頂き物で暮らす」


です<単純(笑)。


いきなり全ては無理にしても、やってみるとなかなか面白いです。

買うものも減ってきました。


与えて、貰う、というサイクルを加速させれば


つまり、自分が常に何かを手に入れていなければ足りなくなるという恐怖を手放せば


手放す事が出来たという事は、意識レベルもある程度以上になったという事ですから


可能なのではないか?と。



そんなわけで、ここ4週間ほど、殆どのお野菜に関しては買わずにすんでいます。


畑をしている友人や、知人が色々持ってきてくれたために、今の旬である白菜を5個、大根も10本くらい、ゆず、唐辛子、オレンジ、芋、株などなどが集まり・・・さすがに食べきれないので、大家族の友人と分けました。

地球は、地球の土は、その時その時必要な分を、植えておいて手入れを最低限しておけば、食べきれないほどの野菜を作ってくれるのですね。


これを実感するたびに、マンションのように人が土から離れさせられたことも、人を自然な状態から切り離す作業であったことを実感するのです。


コールマン博士は、マンションのような形態の住居に住まわせたことは、細菌戦のためと書いています。

すでにインフルエンザ菌などで広がり具合もテスト済みのようですが(不自然な時期に流行りましたよね〜)
私は裏を取っていませんのでくれぐれも信じないで内なる自分とつながり答えを得て下さいね。


話は変わって、ジブリの「天空の城ラピュタ」で、


人は土から離れては生きていけない


というセリフがありますが、

農家の人によると、一家族(5人)に対して150坪ちょっとの土地があれば、何とか食べていくことは出来るらしいですね。

ゴミについても、ゴミの多くを占める生ゴミは自宅で埋めておけば処理できるわけだし

(我が家はプランタに埋めていますが、分解、とはすごいものですね〜、土の量が増えないんです、だから分解というのですね(笑)、全量は面積的に無理ですが)


作物も旬のものは出来るわけだし、土から離れているのを、これから戻っていかなければと思っています。


全員が土いじりが好きなわけじゃないので、都会という存在も引き続き存続するでしょう。


無農薬野菜や果物のありがたさと同時に、スーパーでいつでも色々な野菜や果物が手に入る喜びも、かえって実感するものです。


けれども、何の自覚もなしに人が土から切り離されたために起きている波動の乱れは否めません。


自覚していない人ほど乱れ、自分がなぜ病気なのかを理解できない状態にある人も少なくありません。


経済成長を大義名分に本当は何をさせられているのかを見抜くときです。


これには人のいう事を信じる「妄信」では出来ません。


かならず「内観」し、自分の中に答えを見つけること、それだけなのです。


今年はそれがかなり厳しく求められます。


というと怖そうですが、簡単に言うと「自分に嘘をつかない」という事です。



ちなみに軍は、波動が人体に与える影響は全て研究済みと思われます。


特殊部隊の訓練などを調べると、色が持つ効果も全て使い尽くしているのが分かります。


自白のさせ方、どこにどんな刺激を与えたら何日で発狂するのか、その辺を研究しつくしており、極限状態に人体を動かすために使う色や質感も、人体を破壊する波動も、治癒する周波数帯域も、全て理解しているといってもあながち大きく外れては居ないでしょう。


だから「自分が本質を見抜いて選択し続ける、瞬間瞬間を選択し続ける」という事に無頓着な人は、自分の支配権を他人に譲っていることになるのです。


だから、お店で売っているものだから大丈夫、とか、その無頓着な「信頼」ではなく本質を見抜いてモノを買うようにしていきましょう、それだけでも大分人生の展開が変わってきます。


波動のフォーカスが変わってくるからです。引き寄せるものが変わるからです。


ちなみに、子供のスポーツの付き添いであまりにも寒いので、ベンチコートが欲しい〜と思っていたのですが、「セールっていつごろかな〜?」と聞いたら「え、余ってるからあげるよ」と翌日に頂いてしまいました。


一万円あまりの節約に♪しかもめっちゃ暖かいのね・・・


感謝感謝♪


レイキをしていると、なぜ人がこれほどまでに自然の摂理と響き合わない方向に向かってしまっているのかに疑問を持つと思いますが、具体的に詳しく知りたい方は、下記などをどうぞ。


ちょっと脅しっぽい表現になっていますが、真実を自分で読み取れば問題ありませんのでね。


身近にお金を使わずに何かをする事を、取り入れてみましょう♪

小さな事で良いのです♪



◆コールマン博士・最後の警告 〈再編新刊〉人類奴隷化プログラムの恐怖

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◆300人委員会―「世界人間牧場計画」の準備はととのった!!

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◆新版 300人委員会[下]陰謀中枢の正体

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◆ロスチャイルドの密謀

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いくらでもあります♪


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孤独を感じる事で避けられる課題
 ここの所、一番見たくない自分を向き合わされています。

これから目を背けると現実は生き難く辛いものとなるが、ここで見てしまえば新たな扉が開かれる。

カウンセリングでしている事は、その扉を自分で開けられるよう、開け方の手ほどきをするだけなので

慣れて来るとクライアントさんはご自身でそれを日常で出来るようになって行かれます。

そうなれるように背中を押していきます。

これがまた至福の時・・・

人が一人の人であるって、霊的にも自立していくって、素晴らしい時です。


そういう人が増えてくると、この世界はどんどん良くなって来ます。

世の中が悪いのを人のせいにしなくなるからです♪

全部自分がしていることなのですよね(笑)


ただ自分の事は一番見えないから、時に私のような人が必要になる。

その、役割。



さて、Space Battle Shipヤマトを2回も見に行ってしまいましたが、共鳴する感情があったからなんだなぁっていうのが分かってきました。

その感情は「孤独」。


ヤマトのミッションも、ある意味では選び抜かれた優秀な人たちが人類の未来を背負って任務を果たしに行くわけです。

そして出てきたのは、私がずっと何かの時に入り込んでしまう演出とは

孤独に、黙って、なすべきことを為す悲劇の主人公

プロデューサーはもちろん私です。

過去生の影響を受けた私、といった方がいいかな。

過去生では様々な形で(権力のある立場でかつ自由な立場で)民衆の心を支える仕事をしてきました。

けれども人というのはそう簡単に自分の現状を認めることはなく、今の時代よりもずっと獣性が強かったですから、分からないんですね。

何か言われるとすぐに「お前馬鹿にしてるのか?」と激昂してくる、そういうレベル。

今でこそ

「自分の中のある性質をバカだと思っているから、自分自身で自分を馬鹿にしているから、人から言われた言葉の中に”馬鹿にされている”という状況を創り出しているだけなのですよ」

なんていえば通じる人も多いけれど、当時は下手をしたら斬られますし(笑)

それを様々な経験を共有することで、気付いていってもらうわけですから、神官クラスの巫女さんのような仕事でしたね。

権力もあるし人とも一線をおいているけれども寄り添う、みたいな。


何かを言われると激昂して「お前、俺を馬鹿にしているのか?」と言い返す状態は、意識レベルでいうと下記でいう150辺りですね。200を切ると獣性が非常に高い状態です。200以上がヒト。

◆参考



ちなみに最近キネシで測定した人によると、世界平均は206辺りで日本人は650を越えるのだとか。
日本人の意識は統合の意識ですから、その結果はなんら不思議ではありませんが、もちろん日本人でも今は波動が分離しているため全員ではありません。
一部の人は、既に自分が創り出した自分の観念の世界で迷子になっています。

迷子のレベルも人それぞれ、まだ上がれる人も沢山います。
迷うこともまた学びですので、ひとえに本人の気付き、だけにかかっています。

獣性に陥ったままの人でも気付く事によって意識レベルは瞬時に変化します。
逆を言えば、1000の意識レベルの人でも瞬時に落ちるという事です(^^;


話を戻して、そういう意識レベルの時代でしたから結局何とか頑張っても戦争になってしまって町が全滅してしまう、という事が良くありました。

そんな繰り返しの中、他にも色々なことがあって

自分の果たすべき役割の本質はどうせ理解されない

孤独に粛々と遂行して行こう

ある役立つ能力を与えられた者は(全員、それぞれに与えられています)それを自分で受け容れて

孤独にそれを為さねばならない

どうせ大衆は理解できないのだから

自分がもしもその役割を遂行できる人ならば、自分がするしかないのだ

たとえ誰が理解できなくても

全体が滅びないために


どうよ、この演出

くっら(暗〜)〜(笑)

しかも、すっごい自己陶酔(笑)?


でもまぁ、そんな深い思い込みが現世からではなく過去生からずーーーーーーーっと引きずっていたんですね。

だからヤマトの中ではそんなシーンがいくつかあるから、

*そうそう、命かけてもやらなきゃいけない事ってあるよね*

*たった一人になっても*

と、なんだかその辺りの波動に響き合っていたので、懐かしくて居心地が良かったみたいです。


なぜそんな思い込みを抱き続けていたのかというと

そう思っていれば、人付き合いに努力しなくて良くなるからです。

わからない人にわかるように努力しなくていい理由が創れるからです。

すべきことをしない自分を*正当化*出来るからです。


私がこの孤独でくらーい演出をしていたのは、ひとえにそのため(笑)

それなりに傷ついた過去が過去生であったからなわけですが、そういう自分を演じていれば

人付き合いをこれから磨かなければならない事に向き合わなくていいし

人から広がる可能性を、チャンスを隠したままにしておけるし

それによって、今と変わらない毎日を繰り返すことが出来る。


人は、必ずしも良い変化を望むのではなく、良くないかも知れない現実にしがみつくという習性があるのです。

こんな演出をすることで、私は自分の殻に閉じこもって、なるべく人と出逢わない人生を選択できるのです。

そうする事によって、人付き合いが苦手な自分と向き合わなくていい。

本当は苦手を克服するのが一番の目的なのに、*問題を先送り*してきたんですね。


宇宙と響き合って生きるのなら、ありのままの自分でいること。

本当の気持ちでいること。


そんなことで、ここに書けたという事はもう解放したという事。


今年は年賀状のリストも、大分変わっていました。

新たな人との出逢いも多く、離れた過去の人も多い年でした。

今年は、よりありのままの自分を思い切り前に表現できる環境を創っていこう!

師からもそんな後押しの言葉を戴きましたが、現実をどう創っていくかは自分次第。


みなさんも、ずっと向き合っていなかった自分を、探してみてください。

いくらでも見つかると思います。

だから日々、内観、なんですね。

内観とはチェックすること。

チェックして、今、こんな感情に偏ってる、じゃあどうしよう戻そうか、もうちょっと浸っていようか?

というのを選ぶこと。

自分で選んでいることを自覚出来ない時、自分の内面で迷子になっている状態といいます。

今の状態は、全て自分の思い通りになっています。

心の奥底で、実はトクをしている何かがあるから、あなたの現実は、今のようなのです。


そこを観て、もう一度人生を選び直す。


これを毎瞬毎瞬出来る状態を、覚醒、悟り、ゼロポイント、浄化完了、などと言います。


浄化完了するには、葛藤を手放す(解放する)事です。



葛藤を手放し(解放し)エネルギーの流れをきれいにするカウンセリングセラピーの詳細はコチラ

 http://sei.sunnyday.jp/rcc.html



生き方 | comments(0)
輝いている人は、常に人の事を考えている
 

ここ最近、かなり悲惨な亡くなり方をする人と

 

毎日がワクワクドキドキで生活に困らず楽しく生きている人に、分離してきている気がします。

 

これは、簡単な現象で、本人の世界の捉え方により、現実が顕現しやすくなっているという事に気づければ、一瞬で波動が変わり、脱する事が出来るのですが

 

なかなか前者には伝わらない事も多いです。

意味すら分からない事も多いかも知れません。

 

それでも、全ては自分が選んでいる意識レベル。

周りにいる人はきっかけを与える事は出来ても、それを受け容れてかみ砕くかどうかは、当人しか出来ない。

 

人生という車の運転は、本人にしか出来ない。

 

 

孤独死という言葉がありますが、こういう人たちを救いたいと、自費で看取る施設を立ち上げた人がいらっしゃるそうですが、なぜそこまでして・・・

 

と、昔なら思ったと思うけど

 

波動の法則が肌で理解出来る今なら分かります。

 

 

孤独に亡くなった方が、もしも深い悲しみの中に居たのなら

 

それが悲しみの中でなく

 

安らぎの中で旅立っていけるなら

 

地球を、安らぎの波動で満たさせたという事が大切なんだなってこと

 

小さな一つ一つの行動が、常に荒っぽい人は

 

粗い波動で地球を満たす事を続けています。

 

料理をするときの野菜の切り方も

 

忙しい忙しいと刻んでいると、憎しみの波動を無意識に充満させることになります。

 

だから全てを愛せよ

 

という教えが、あちこちの宗教で見られるのですね。

 

本質は、全てエネルギーの質をどう保つかという、地球全体の叡智に過ぎなかったのです。

 

でも当時の意識レベルでは、神という存在を立てる事で、片鱗が理解出来る程度でしたから、あの表現は仕方なかったのでしょう。

 

話を戻しますが、そういうわけですから、

 

もし誰かが困っていたら

 

「その人の問題で私には関係ない」

 

のではなく、そこで発生した波動は、地球に随時、添加されるわけで

 

ネガティブな性質の波動が充満してくれば、そのエネルギーの質に見合った世界が顕現してくるわけですから

 

だから、隣人を自分のように愛せよ

 

と言ったのですね(そんな感じの意味で良かったですよね)。

 

 

キリスト教は、庶民の支配の道具となり、叡智も片鱗だけがかろうじて聖書から伺える程度になってしまっていますが、仏教はキリスト教よりは若干叡智が残っていますが

 

直観が発達してくれば、どこがゆがんでいて、どこが本質なのかは

 

見分ける事が出来るでしょう。

 

聖書は、もちろん全部読んでいませんが、所々「ふーん、なるほどこうやって支配しようとしたんだ」っていうのが分かりますよね(笑)

 

すごく人間くさい思考パターンだから、今の意識レベルならすぐ見抜けると思いますよ(笑)


生き方 | comments(0)
2011年は表現の年
 30歳からの美肌作り・美と輝きを最大限に引き出すサロン@レイキ・メイクセラピー醒Sei(せい)

新年あけましておめでとうございます♪

本年もどうぞよろしくお願い致します。


大晦日夕方の富士山。

ちょうど頂上に、頂上と同じ形の雲がかかってて、かわいらしい富士山でした(笑)



今日は思い切り日記ブログとしてつらつら書いてみたいと思います。

今時分は、誰も読んでいないだろうし・・・そんな中でこそ出来る我が儘を(笑)


というわけなので、あまり興味のない方は飛ばして下さって構いませんのでね。


よろしくお願い致します。



でもヒントはちりばめておきますね♪


2010年は、2009年に作られた土台の上で新たな活動を展開していった年でした。

無理のない範囲で、少しずつ少しずつ。


12月から、今までのままの仕事の上にメイクの技術トレーニングやアシスタントやら、宣材作成プロジェクトなど立ち上げてしまったので、子供と離れて朝から夜までミッチリ、は心も体もきついものでしたが

学びの場というのは一期一会。

師匠から直接学べるのも、いつまでか分からないですし、ずっとお元気でいらっしゃっても何があるか分かりませんからね。


例えば私が突然エジプトに行くとか。

そういえば、なぜ家を買わないのか?と言われるたびに


「突然エジプトに行くとなった時に、なるべく面倒な不動産売買などとは関わらずにいたいから」


と答えていたものです。


今はもうエジプトは良いらしく、思いが薄れましたが、またご縁が出来るかも知れません。

(一回も行ったことないですけど)


それよりマチュピチュには行きたいな〜。



とにかく気付いたのはとても職人的な事を学ばせて頂いているなということ。

講義はありませんし、理屈ではなく見て覚える。


実践して頂く間に何を伝えようとしているかを、いかに感性で受け取れるかにかかっています。

支払った料金が無駄になるか、もの凄く価値が出るかも。

そういう意味では厳しいかも知れませんが、本来教えるってこういう事でしたよね。

最近はお金を頂いているから、明らかに意識のフォーカスが出来ない人でも、結果を出させて返すために至れり尽くせりなセミナーが目立つ中で、本物だなと感じます。ただ万人受けはしないと思いますが出逢えて幸せだと感謝しています。



昨年中は、上の息子があるスポーツチームに所属したことで、生活が変わり、全ての土日祝祭日は試合か練習、そして時に遠征の付き添いなどで完全につぶれ、下の子たちの生活を犠牲にする事になりました。


今までのスポーツチームには所属していましたが、あまり厳しくなかったので(笑)


兄弟が多いと、それだけ誰の習い事を優先させるかで他の兄姉の生活がある程度制限されるのは否めません。


うちは4歳ずつ離しているので、あと1年したら上の子が部活などに自立して行くようになり、真ん中の好きな物を習ったりする事に時間を費やせるでしょう。


そんなこんなで家の掃除に使える時間が、ここ3ヶ月はごそっと減りまして、かなりきつい家事でした。

夫もやってくれるとはいえ・・・大量ですからね(笑)。



話は変わって、何気なく「頂き物で暮らす」と決めてから、畑をしている人から大量の野菜、段ボール4箱くらいとか(笑)いただいたり、年の瀬にも宅急便屋さんが


「これ全部食品ですか?」


と聞くほどの個数の食品が届いたり


大晦日には知人から突如電話があり、友人が魚を沢山釣ってきたのでどうかと15匹、45cmくらいの魚さんたちを頂いてきたり、


大掃除をしたかったのですが、友人と会うチャンスがすんなり決まったので30日まで我が家で遊んでいたりしたので、取りかかれたのは31日です。


さぁてこれから明日のお雑煮の準備と、魚を実はまだ捌いていなかったので・・・


酢でしめるのと、ただ開くだけで冷凍にするのと、つみれにするのと、明日塩焼きで頂くのと。


うーん、ご近所に配りましたが、多くの方が帰省されていたので大半をうちで頂くことになりそうです。


頂き物で暮らすコツは、自分に余裕がある時は最大限アウトプットすることです。

例えばサポートを必要としている人がいたら、そのときの自分が出来る最大限を表現するのです。


それがいずれ循環してこのように戻ってくる、ただそれだけです。


私たちは環(わ)のようなものと表現されますが、単にエネルギーのうねりですから。

うねりをどう起こすかで外界をコントロール出来る存在なのです。

今年は、新しい意識で、全てのことは自分が創造しているのだ、という意識が土台となり、


何か嫌なことがあっても人のせいにするのではなく


自分の映し鏡なのだという視点を持って生きている人たちから、新たな動きが沢山始まるようです。



Twitterより


---

アンストッパブル(映画)より・・・「生きて帰れたら伝えたい事があるんだ」

って、あるんなら今ココで表現しようね。それが次の時代の標準意識です。

---


こんな感じに、新しい意識の人はそういう生き方を当然のこととし


そうでない方は、何を言ってるんだろうーー?


と若干理解出来ない感じでいながらも徐々に(素敵な)影響を受け始め、自分らしさをより発揮しやすくなってくるようです。


それ以前のラインに居る方にとっては厳しいと思われる事が起きるかも知れませんが、全ては最大限に自分を発揮するためのプロセスです。


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悲しみをこえて

 先日、ふと耳に挟んだ会話なのですが

「自分が本当に苦しんだり、悲しんだりしてきた人は、絶対に人にそれをしない」

うん、相手を思いやれてなんて優しい人なんだろう・・・と、今までの次元なら思う所ですが、

実は、これも判断(ジャッジ)している状態なんですね。

つまり「悲しみや苦しみは、辛いから(自分は二度と)体験したくない、だから相手もそうだろう」という思い込みがあるんです。


ありのまま目の前におきている世界を受け容れているのではない状態、

つまり「辛いことは遠ざけたい」という観念の世界に生きている状態です。

本当に悲しみや苦しみ、そして地獄のような孤独を越えた人は、悲しみや苦しみが何を自分に齎(もたら)してくれたのかが理解出来る。

例えば「あの苦しみがあったから今のわたしがある」と言い切れるように、人間の幅が広がるんですよね。


だから、目の前の誰かが「悲しみ」の体験をしている時に、「悲しみ、孤独、苦しみ=辛い」という判断をすることは

三次元的な*思い込みによる判断*なんですね。

そして、その判断によって相手がなるべく*体験しないようにコントロール*している状態なわけです。

相手をコントロールしようとする事に、愛はありませんよね。

苦しみから逃れることだけが学びではないと理解したならば、学びを他人から奪うことは出来ないでしょう。


「自分が本当に苦しんだり、悲しんだりしてきた人は、絶対に人にそれをしない」

というと一見きれいなようですが、三次元的な判断(表裏一体の世界の、表だけ、もしくは裏だけ、しか見えない視点)での判断(ジャッジ)でしかないのです。

 

この前は振り子の例にしたので、今回はシーソーにしてみますが(あまり変わらないかな)

シーソーが左に下りた時、悲しみや苦しみの体験をするとしましょう。
シーソーが右に下りた時、至福や歓びの体験をするとしましょう。

シーソーという乗り物は両方にがったんごっとん繰り返して下りるものです。
それが正常で常に左にしかいかないのは壊れています。

ですから、右に下りる事ばかりを望む状態は、不自然な状態ですし

この世界も陰陽で成り立っているので、あざなえる縄のごとし、つねに表裏一体なわけです。

表の体験があれば裏の体験が必ず同時に創造されている。

だから、両方で完全なのだと受け容れる。

その体験を繰り返すことに慣れた時、全ての悲しみや孤独、淋しさ、苦しみが、今の自分を強くたくましく、そして何事もありがたいと思って明るく楽しく生きる強さを育ててくれたのだと、知る事になるのです。

悲しみを越える次のステップは、悲しみを体験しつくした後に、その悲しみこそが素晴らしく深い学びだったのだと知る事です。

苦しみが大きければ、幸福も大きくなるのです。

螺旋を描くように、陰に大きく振れれば、陽にも大きく振れるのです。


だから、自分が悲しんだり苦しんだりしたから、相手にそれを体験させまい

とするのは、三次元的な、陰陽の世界なのに「陰だけ」とか「陽だけ」とか
一方だけしか見ることの出来ない視点で判断していることであり、自分に固執しているのです。

自分が判断した「苦しみ=辛い」という概念に囚われている状態を言うのです。

この状態は、人生を自由に創造するというヒトに与えられた能力を最大限に発揮できない状態です。

創造する能力を最大限に発揮するためには、ポイント・ゼロ、に維持することです。

ポイントゼロとは光の粒子がプラスにもマイナスにも帯電していない状態。

この状態になっている事を「浄化完了」といいます。


浄化とはネガティブをポジティブに変換する事も指しますが、究極的にはポイント・ゼロ、に維持する事を目的とします。


自分が孤独で淋しかったから、その体験を相手にさせまいとするのは、小我(エゴ)に支配されている状態なのです。

この体験もまた味があって良いものですから、エゴを否定しないでください。

エゴに今コントロールされているんだな、という自覚がもてない事が問題なのです。

自覚できれば、抜け出したいときにいつでもポイント・ゼロに戻れるからです。


大我で判断するならば、全ての体験が必要だからおきていることなのです。

だから、この悲しみは何を私に見せているのだろうかと、徹底的に観察する事なのです。

悲しむことも苦しむことも素晴らしい体験です。

肉体がなければ出来ない体験なのです。

そこまで分かったとき、この世界に生まれて、今生きている事に自然に感謝する意識レベルに達します。


とはいっても、やっぱり悲しみや苦しみを乗り越える時の辛さは分かるから、何も出来なくても祈ったり、見守ったり心配したりする。

でも、その状態にいるその人の体験を邪魔はしない。

その人に必要な体験を、辛いことだと勝手に決めて「させまい」と固執することは、愛ではない。

それはその人の貴重な体験を「うばう」行為なのです。

全ての体験が素晴らしい。


と、こんな風に書くと「もうそれは人間じゃない」とか「ロボットみたいに感情がない状態にはなりたくない」という声も聞かれるのですが

そうではない。

より人間としての感覚を拓いていく意識レベルになるのです。

感情が凍結するわけではなく、幸せになりたいと思ってきた物が

幸せとは表裏一体の裏の存在も観ながら、どちらを多く出すかのバランスを自由に選べるようになる意識です。

この意識に到達する事で、地球環境を守れるレベルになるようです。

これ以下ではどうしても自分の事しか考えられないからです。

今生きている事がどんなに劇的な奇跡の上に成り立っているか。

命に、地球に自然に感謝する意識レベルに達します。


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